心配することは呪うことと同じだそうです

心配することは呪うことと同じだそうです

最近YouTubeで見つけたのだが

「他人を心配することは呪いをかけてるのと同じ」という内容の動画があり めっちゃ共感した

本当にその通りだと思う

相手の成功を邪魔する手段としては とてつもなく使えるものだと言えるけど
もし相手の成功を願っているのなら とてつもなく足を引っ張ってることになる

ちなみに成功させたくないと思い 邪魔したら後々自分に返ってきて ろくなことにならないからオススメしない

しかしながら何故 心配することが呪いになるのかと不思議に思う方もいらっしゃることだろう

ということで 私なりの見解をお伝えしていこうではありませんかあ(今正座しながら書いてます)

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~もくじ~

・上手くいっていない前提で考えているから

・無意識にマイナスのエネルギーを送っている

・一番良いのは何も考えない

・私が心配しなくて上手くいった事例

・まとめ

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・上手くいっていない前提で考えているから

もうこれ
これが根本なんじゃないかしら

心配してあげることは 思いやりだからって考えている人もいるかもしれないけど 大きなお世話だからね

質問だけど上手くいっている人を心配する?
その人が幸せだと言っているのに心配する?

基本的にその状態を確認したら安心するのでは?

もし仮に相手がそんな状態でも「ほんとかなあ?」「実は上手くいってないんじゃないのかなあ」と考えるようならハッキリ言おう

その考え方を改めた方が良い

「上手くいっていないのが普通で、上手くいっていると言われたら信じず、疑おう。もしかしら嘘かもしれないから」

こんな風に考える癖が出来上がっているかもしれない
そう考える人は

「上手くいっている人は一握りで そんな人は周りにいない」みたいなことを信じ込んでいるだけだ

そうなると相手だけでなく自分のことも沢山心配している可能性が高い

つまり自分が上手くいっていないと言える

自分が上手くいっていないのが 当たり前としての在り方になっているから 常に不安を抱えているということだ

その在り方が現実にしているからね

上手くいかないのが当たり前という在り方が上手くいかなくさせるし
成功して当たり前という在り方が成功させる

正直害悪でしかないんだけどね
まぁそういう風に教育した人間の罪でもあるが

上手くいかない理由より 上手くいくにはどうしたらいいか?とか上手くいっている理由を探す練習をした方がいいんじゃね

小さな成功体験を積み上げて 「上手くいくことは当たり前なんだ」と思えるようにガンガン訓練した方がいいんじゃね

安心しなさいよ

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・無意識にマイナスのエネルギーを送っている

先程は心配していることは 不安に思う在り方になっているといったことをお伝えしたが
不安はマイナスのエネルギーを発している

それは自分や他人に見えないものだ(一部を除いて)

その人の身を案じているのは
「その人に何かあったらどうしよう」とか「その人は今ヤバいことになっているのでは」
悪いことが起こっているかもしれないと思っているわけでしょ

それが強くなればなるほど 実際にその悪いことが現実化するパーセンテージが上がるんだけど
そのエネルギーを出し続けているから数字が上がると言える

そして本当に悪いことが起こったら「やっぱりね」ってなるわけだ
案じた本人は気付いてないだろうが その人に悪いことが起こった原因は「心配した人間だ」

お気付きかしら?あなたのエネルギーを受けた人が影響され 一緒に心配するようになることもあるのだ
風邪を移すようなもんだね

それが増えていくと そのネガティブなエネルギーは大きくなっていく

そうなると あなた一人だけじゃなく 「その人含めた心配している人間全員」の力によって現実化していくと言ってよいだろう

恐ろしいよ

潜在意識という個人的なエリア?の先に集合的無意識という「時間の概念がない全ての者と」繋がっているエリア?があるけど もしかしたらこれも関係しているかもしれない

というわけだが 心配や祈りも それを行っている人がインフルエンサーの如く 周りの人に影響を与えている
そして影響を受けた人も同じようなエネルギーを発して そのエネルギー(情報)が現実化する

なので逆に安心したエネルギーが集まれば その人含めた周りの人に 良い影響を与えるから そこを意識してみるといいかも

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・一番良いのは何も考えない

心配性な人に無理してポジティブな発言をさせたり 良いことだけ考えろって言っても難しかったりする

本当は一番オススメは「何も考えない」ことだ
自分にも他人にも影響を与えないから 楽なの

だけど何も考えないって一番難しい

常に何かしら思考しているわけだからねぇ

そうなると対策としては

全く違うことを考えるのが常套手段かもしれない

趣味のことや全く別の分野のことを考えることで 「その心配していること」から離れるのだ

しかし限界はある

だからお次にオススメしたいのが

頭の中にあるものを紙に書き出す

片っ端から書いていく
書けるものは全部書く

もし文字に起こせなかったら絵とかぐちゃぐちゃな線とかでも良い
なんだったら真っ白な紙を塗り潰してもかまわない

大事なのは「やりきること」

これね中途半端に止めると まーた要らないことで頭の中を占領される

大掃除ばりに綺麗さっぱり捨てまくってくれ

私は定期的に行っているのだが かなりスッキリするよ

試してみてほしい

後はありきたりと言われるかもしれないけど

運動だね

キツめなやつね

息が上がって汗かくレベルのやーつね

ありきたりだから説明しなくても分かると思うけど 気持ちが前向きになる

後は激しい運動してるときに一々考えている余裕がないから クリアになる

こんなもんかな

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・私が心配しなくて上手くいった事例

私が小さい頃 母が病気で入院することが多かった

更に何度か危険な状態だと言われ 覚悟することもあった

普通ならすごく心配してずっとそのことを考えているのだろうが 私は違った

私はとてつもなく馬鹿だった(今もかもしれない)

とてつもなく馬鹿だったので 心配していなかった
いや厳密に言ったら 最初は心配するんだけど 段々忘れるのだ(何かすんません)

しかし今思うのだが 心配しまくって 母が死ぬかもとずっと考え続けていたら ヤバかったと思う
それは母だけじゃなく私もヤバいことになっていたかもしれない

だから馬鹿で良かったと思っている

要するに当時の私は何も考えていなかった

もちろん泣きもしたけど テレビを観だしたらそのことをすぐ忘れるのだ
そして一人でご飯食べながらテレビ観てゲラゲラ笑っていた(母よ すまん)

そんなわけで
心配せずに歳を重ねていったわけだが 母は今では驚く程にとても元気だ

まぁ母の精神力の強さのお陰なのかもしれないが 私が心配しなかったのも大きいのかなと思っている

逆に知り合いの方(母親)で 子供のことを心配しすぎて その子が実際に病気になってしまったパターンも見たから少しは自信あるよ

馬鹿になろうじゃないか(何の話だったっけ?)

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まとめ

というわけだが 分かったあ~?(白目)

他人を心配するという行為は迷惑でしかなく 自分にも良い影響はないのだよ

軽くほっとくぐらいで丁度良い

だから酷いやつと言われても 心配しない方が相手にとって親切だからね

いいかい?

心配するんじゃないよ?

フリじゃないよ?

結果的に私は馬鹿で酷い人間だということが分かったが心配するなよ?

絶対だからな?
マジでやめろよ?

はい。

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